上部内視鏡検査を受ける方々が最も嫌がる理由は、スコープ挿入時に引き起こされる嘔吐反射です。
こうした患者さんの気持ちを汲んで、今から十数年前に、「鼻から入れる内視鏡」と題した広告が登場したのを覚えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
この広告は、とある総合医療機器メーカーが仕掛けたものでした。内容としては「鼻から入れる内視鏡検査は負担が少ない」ということをダイレクトに伝えるものになっていました。
ベッドで横になった女性が鼻からスコープを挿入されている大胆なビジュアルが目を引く内容となっており、これが電車内広告に掲示されたり、都内のターミナル駅でも壁全体を覆うほど大きく掲示されたりしていたのが印象的でした。
また、同社製品を採用した医療機関なども「鼻から入れる内視鏡の○○胃腸科クリニック」といったバスのアナウンス広告を展開していました。
その結果、「鼻から入れる内視鏡は楽」という神話が形成されたように感じますが、実際はどうでしょうか?
ちなみに、私のクリニックでは経鼻での上部内視鏡検査は全体の1割程度に過ぎません。
こうした広告効果のためか、「鼻からやってみたい」という患者さんも一定数訪れますが、検査後には「次回は口からやりたい」とおっしゃる方も多いです。
確かに、患者さんの不安要素である「おえっ!」に焦点を当てると、喉に刺激のない経鼻内視鏡のほうが楽に感じられますが、実際には経鼻と経口の検査において、負担はどちらも同じだと私は考えています。
もちろん、鼻の穴が大きく鼻腔内が広い方にとっては「経鼻」でも問題ありませんが、特に検査に不安を抱く傾向がある女性などは、鼻の穴や鼻腔内が狭い場合が多く、経鼻検査には向かないことが多いです。
喉への刺激は嫌かもしれませんが、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症の検査で鼻に入れられる綿棒の不快感を考えれば、さらに太い内視鏡を鼻から挿入されることは、決して愉快なことではないと思われます。
患者さんの負担となる嘔吐反射を抑えられる「鼻から入れる内視鏡」検査が手軽に行えるようになったことは画期的なことでした。
実際、コストの面や「鼻から入れる」トレンドを取り入れる利点を感じた一定数の医療機関が、この製品に移行したと思われます。
経鼻内視鏡の啓発のみならず、医療機関の顧客獲得につながる、優れたマーケティング戦略だったと言えましょう。
一部の医療機関では、経鼻検査に特化した検診を行っていると聞きます。
鎮静剤を使用しない経鼻内視鏡検査では、手間が省ける可能性もあります。
しかしながら、検査の質や経鼻に適さない患者さんへの負担を考慮すると、経鼻検査に限定するのはかなり大胆な判断と言えます。
一部の患者さんでは、鼻腔がスコープよりも狭く、物理的に挿入が不可能な場合さえ考えられます。
実際には、大学病院や総合病院を含め、経鼻検査を実施していない施設も多く存在します。医療機関の広告などでも、「鼻から入れるのは楽」だけをアピールすることで、一部の患者さんに誤解を与えてしまうことに懸念を抱いています。
さらに、内視鏡の細経化は口から挿入する場合でも進んでおり、嘔吐反射も過去に比べて大幅に抑制されていると思われます。
手間はかかりますが、患者さん一人ひとりの特徴を考慮し、最善の方法を選択することが重要であると考えています。
2023年7月(令和5年)
白畑 敦(しらはたあつし)
消化器外科医。しらはた胃腸肛門クリニック横浜院長。山形県出身。
昭和大学医学部卒業後、大学病院や総合病院などで勤務したのち、現職。
日本外科学会、日本消化器外科学会、日本消化器内視鏡学会ほか専門医。趣味はワイン、柔道四段。