ストレスで急に胃やお腹が痛くなったりしたことありませんか。脳と胃腸はつながっています。
「腹が立つ」「腹を決める」「腑に落ちる」などのように日本語にはあたかも胃や腸が脳のように考えているような言葉があります。これは日本語だけではありません。
英語で「腸」を“gut”といいますが、“gut feeling”は「直感」、“gut instinct”や“gut reaction”は「本能」を意味しています。これまでにも腸は第2の脳、といわれてきましたが、最近では「腸脳相関」という言葉が聞かれるようになりました。
脳と腸は自律神経系、内分泌系、免疫系を介してお互いに影響を及ぼしあう関係で、腸から脳へ、脳から腸へ、双方向的に影響を及ぼしあっているのです。
つまり、腸は脳と同じくらい重要な器官なのです。さて、今回はそんな腸を検査する内視鏡を安全に使うための消毒について解説していきます。
大腸の長さは約1.5m、小腸は約7mもあります。身長の4から5倍の長さの腸をお腹の中にコンパクトに収めているのです。また、カプセル内視鏡の登場で、検査することが容易になった小腸には腸絨毛がびっしり生えています。
腸絨毛はよくビロードの絨毯に例えられ、小腸の内壁を広げるとその表面積は約200㎡、大腸は100㎡もあります。一方、胃の表面はつるつるなので表面積は広くありませんが、口や鼻から胃・小腸・大腸までの全表面積を合わせれば、400㎡以上と、皮膚の表面積の約200倍にもなるのです。
内視鏡はこのような“広大な土地”を日々探索して異常を見つけているのです
ご存じの通り、内視鏡は検査のみならず、異常な組織の採取や簡単な手術も行います。
内視鏡は口から入るものですから、体の外にあるものすべてが胃や腸を通過することになり、そこには数多くのウイルス、細菌、真菌が生息しています。もしあなたが健康であれば、これらの微生物はあなたの健康を維持するために働いてくれています。
その代表が腸内細菌です。腸内細菌はあなたが食べたものを全力で消化してくれ、栄養素にしてくれているのです。しかし、人の世と同じように必ずしも善良な微生物ばかりではありません。
内視鏡は善良ではない微生物とも遭遇し、付着されてしまうので、もちろんしっかりと消毒しなければ次の人へと感染させてしまうことになります。
それでは、どんな微生物に気を付けなければいけないのでしょうか。口腔内には歯周病の原因となるジンジバリス菌がいます。
最近の研究では(まだ確定していないことも含めると)ジンジバリス菌など歯周病を起こす細菌は、動脈硬化、高血圧、心筋梗塞などにも影響を及ぼしていることがわかってきました。
さらにアルツハイマー型認知症患者の脳内でジンジバリス菌のタンパク質とDNAが検出された報告もあり*1、歯周病と認知症の重症度が相関している可能性もあります。
また、こういった口腔内の細菌は腸に落ちていくと癌の原因になるのではないかという研究報告もあります*2。歯周病菌のフソバクテリウム・ヌクレアタムは食道癌や大腸癌を誘発し、フソバクテリウム・バリウムやクレブシエラ・ニューモニエは潰瘍性大腸炎を引き起こす可能性があります。
胃には胃癌の原因になる、ご存じヘリコバクター・ピロリが生息しています。腸内にはいわゆる悪玉菌といわれる大腸菌やウェルシュ菌がいます。
もしあなたが下痢をしていたら、ノロウイルスやロタウイルスが増殖しているかもしれません。
それから忘れてはいけないのが新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)です。新型コロナウイルスが下水で検出されるというニュースを見たことはありませんか。下水中に新型コロナウイルスの量が増えてくると、その上流にあたる地域で流行している可能性があります。
このように新型コロナウイルスは鼻や肺だけでなく、腸にも感染する可能性があります。ただし、SARSコロナウイルスではほぼ100%が腸に感染するのに対して、新型コロナウイルスでは約10%程度だろうと考えられています*3。ウイルス毒性や感染性と症状の関連については、まさに現在進行中の研究テーマといえるでしょう。
従来の微生物に加え、こうした新たな脅威に対しても、内視鏡の消毒の重要性はますます高まっていくことでしょう。
参考文献: 『腸と森の土を育てる』 桐村里紗著(光文社新書)
*1 Porphyromonas gingivalis and Alzheimer disease: Recent findings and potential therapies, J Periodontol. 2020 Oct;91 Suppl 1(Suppl 1):S45-S49
*2 Colorectal Cancer Patients Have Four Specific Bacterial Species in Oral and Gut Microbiota in Common—A Metagenomic Comparison with Healthy Subjects, Cancers (Basel). 2021 Jul 2;13(13):3332, A prospective interventional trial on the effect of periodontal treatment on Fusobacterium nucleatum abundance in patients with colorectal tumours, Sci Rep. 2021 Dec 9;11(1):23719
*3:Diarrhoea in adults with coronavirus disease-beyond incidence and mortality: a systematic review and meta-analysis, Infect Dis (Lond). 2021 May;53(5):348-360.
2022年3月(令和4年)
水谷哲也
東京農工大学農学部附属 感染症未来疫学研究センター
センター長・教授 獣医師・博士(獣医学)