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生涯を通して手洗いの重要性を説いた「消毒の父」|学習ブログ|ASP Japan合同会社

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近代まで放置された手指衛生

手洗いやアルコール消毒液による手指衛生

コロナ禍により、手洗いや手指衛生の必要性が一般の人にも再認識され、風邪やインフルエンザの減少につながったことは、公衆衛生の重要性を再認識する大きな機会になりました。ご存じのとおり「消毒」という概念は歴史的にも新しく、医学会でさえ19世紀半時点では手術前に手を洗う習慣がありませんでした。

そのような折、イグナッツ・フィリップ・ゼンメルワイスが、医療従事者が手指をはじめとするさまざまな「消毒」を行うことで、当時は10%強だった妊婦の死亡率を激減させる事実を突き止めます。

では、そんな彼の業績と人生についてお話ししましょう。

消毒と産褥熱の因果関係に注目

イグナッツ・フィリップ・ゼンメルワイス

1818年、ブダ(1872年にブダペストとなり、後にハンガリーの首都となる)の裕福な家庭生まれたゼンメルワイスは、ブダペスト大学で法学を学んだ後、ウィーンで医学の道に進みました。

彼がウィーン総合病院にいた頃、産褥熱は予防できない病気であるという考え方が一般的でしたが、1847年、彼の友人が解剖の授業中に誤ってメスで指を切り、感染症に罹って死亡してしまうという痛ましい事故が起こりました。

彼が友人の死体を解剖すると、産褥熱で死亡した女性患者の死因との共通点が見出されたことから、死体解剖と産褥熱の関係に焦点を絞って死亡率の統計学的研究を始めました。そこでわかったのは、解剖室から出てきた医師や学生が、手も洗わずにクリニックの患者を診察しているという事実でした。

当時、まだ病原菌の存在は知られていませんでしたが、彼は未知の「死体粒子」が産褥熱の原因だと確信していました。試行錯誤の末、診察に向かう医師たちに塩素水消毒とブラシ洗浄を義務付けました。

その結果、その時点で10%強だった死亡率を2%台まで激減させることに成功しました*1

医学界は彼の説を全面否定

当初、ゼンメルワイスの研究結果は一部の人々に支持されるも、権威筋からは全面的に否定されました。
 
その理由は、「医師は紳士であり、紳士は清潔であるため、その手が汚れているはずがない」といったことや、「妊婦の診察のたびに手を洗うのは面倒すぎる」ということでした。また、自分達の手が患者を死に追いやっていたという事実を認めたくないという気持ちもあったのでしょう。
 
これに屈することなく1848年にゼンメルワイスは医療器具の消毒もスタッフに命じました。
 
その結果、彼の勤めていた産婦人科病棟から産褥熱は撲滅されました。
 

死後認められたゼンメルワイスの偉業

 
医学界の権威たちから攻められるゼンメルワイス
しかし、権威ある医師たちに糾弾されたゼンメルワイスは、1850年にウィーン総合病院から追放されてしまいました。
 
彼は失意のうちにハンガリーに戻って地元の病院の産科病棟に無給で勤め、手洗いはもちろん、手術器具、病室のリネンの洗浄を徹底し、この病院の産褥熱による死亡率を0.85%まで下げることに成功します*2。
 
その後、彼の手法はハンガリー国内に広がったのですが、1861年に執筆した本が海外を中心とした医学界の権威から徹底批判され、その後ドイツで開かれた学会においても完全否定されました。
 
自らの考えと意見を異にする同僚の医師に対して「人殺し」と罵るような、彼の激しい気性も自らの立場を不利なものにしていき、最後はウィーンの精神病院に入れられ職員からの暴行で負った傷がもとで47歳にしてこの世を去りました。

彼の理論が、科学的な裏付けを持って理解されるのは、19世紀末のルイ・パスツールやロベルト・コッホ、そしてアレクサンドル・イェルサンの発見があってからのことでした。

医学の権威たちが彼の発見を認めなかったことによって、助かるはずだった多くの妊婦が命を落としたことは残念でしたが、後年、彼の学説の正しさが立証されることになったわけです。

生前は、壮絶な人生を送ったゼンメルワイスでしたが、今日では、病院内衛生と消毒の現代的理論の父と称されるようになっています。
 
 
 

報われず世をさった賢人たちに敬意を

 彼同様、死後に真価が評価された科学者は多く存在します。教科書に出てくる「それでも地球は回っている」のガリレオ・ガリレイのみならず、「オームの法則」「アボガドロの法則」など、その名を冠する先人たちも、今日の科学の礎になっていることに、草葉の陰から微笑んでいるに違いありません。
 
今日の研究現場でも、他者に認められなければ論文は世に出ませんし、研究費も獲得できないという現実はあります……が、科学者として真実を追求したゼンメルワイスの生き様に敬意を表さざるを得ません。
 


*1:Semmelweis, The aetiology, concept and prophylaxis of puerperal fever. Med Classics 1941;5:350
*2:Nicholas Kadar, Am J Obstet Gynecol. 2018 Dec; 219(6): 519–522.

2022年10月(令和4年)

水谷哲也
東京農工大学農学部附属 感染症未来疫学研究センター
センター長・教授 獣医師・博士(獣医学)
 
 

 

 

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