対人関係の相談の典型的な答えに「他人は変えられないから、自分が変わるしかない」というものがあります。確かに、職場の問題、夫婦の問題などで相手を変えることは至難の業です。

もしどうしても変えたいならば、相手の脳に入り込んで考え方を変えてしまうとか？
なんだか恐ろしい話ですね。
ところが、脳に感染して行動様式を変えてしまうようなウイルスが存在するかもしれない。
今回はそんなトンデモ話をします。

そういえば第1回はゾンビウイルスが人を操るお話でしたね。
今回も気軽に読んで頂ければ幸いです。

虫を操るウイルス

梢頭病（しょうとうびょう）という病名をご存じでしょうか？100年も前から知られている病気です。といってもカイコの病気で、バキュロウイルスに感染したカイコの幼虫は、枝の先端を目指して移動していき、そこに達すると死んでしまいます。バキュロウイルスが幼虫の中枢神経系に感染して行動様式を変えるのです。死亡したカイコからバキュロウイルスが飛散して感染を拡大させていきます。

このように書くと、「ウイルスの巧妙な生き残り戦略」のように思われるかもしれません。もちろんウイルスに考える力はありません。より広範に子孫を伝播させるバキュロウイルスが生き残っているということです。新型コロナウイルスでも変異株が蔓延し怖れられていますが、感染力が増した変異ウイルスがそれ以前のウイルスよりも伝播しやすく置き換わるのは当然のことです。私たちはウイルスが変異した結果を見ているのです。

生き物を操る原虫

ウイルスではないけれどもトキソプラズマが人を操っているかもしれない、といわれています。トキソプラズマのような原虫は動物宿主を変えながら自らの発育ステージを上げていきます。マウスに感染したトキソプラズマは、マウスの動きを鈍くすることにより猫に捕食されやすくしています。トキソプラズマが人に感染したときにも同じようなことが起きているのではないか、といわれています。ちなみに、トキソプラズマは妊婦に感染すると流産や先天性異常産の原因になるので注意が必要です。

「頭が悪くなる」ウイルスが見つかる？

 ヒトに感染すると「頭が悪くなる」ウイルスが発見された、という記事が話題になったことがあります。*1藻類に感染するATCV-1というウイルスが咽頭から見つかった人は、見つからなかった人に比べると空間認識や視覚処理を評価する試験の成績が低かったということです（差は10％程度）。マウスを使った感染実験では感染したマウスが迷路を解くのに時間がかかるという結果が出ています。このウイルスは海馬の遺伝子発現に影響することもわかっています。ATCV-1が感染すると「頭が悪くという表現は言い過ぎなのですが、ウイルスが直接的か間接的に人の脳に影響を及ぼすことはありそうな話です。逆に頭を良くしてくれるウイルスがいれば、歓迎されるかもしれません。

2021年8月現在、日本は新型コロナウイルス感染症（COVID-19）の第５波の真只中にいます。これまでの感染症は主に医療領域での闘いの側面が強かったのですが、新型コロナウイルス感染症は、新たな経済的問題を生み、人々の働き方や学校教育のあり方などを激変させました。

あたかも、新型コロナウイルス（SARS-CoV-2）が世界中の人々を操っているようにさえ思えます。もちろんウイルスはわずか直径100 nm足らずの簡単な蛋白質と核酸で構成された球形の物体で、生物でさえありません。何らの意志を持っていることも、好んで変異を続けているわけでもないでしょう。

感染が確認されてからもうすぐ2年が経とうとしている中、わたしたちは相変わらず「新型」のコロナウイルスと呼んでいますが、この短い期間において、SARS-CoV-２に関する論文は16万報もあり、インフルエンザの14万報を超えているくらいです。*2

そう、SARS-CoV-2はもはや新型でも未知のウイルスでもありません。COVID-19の致死率は2%前後と、決して侮れないウイルス感染症ではありますが、そろそろ認識を変えてこのウイルスに立ち向かう覚悟を決める時かもしれません。

*1：https://www.pnas.org/content/early/2014/10/23/1418895111.abstract
*2：PubMed調べ

水谷哲也
東京農工大学農学部附属　感染症未来疫学研究センター　
センター長・教授　獣医師・博士（獣医学）