コロナとホワイトニング

前回の「キス」のコラムでは、欧米では過酸化水素水をうがいに用いているという話をしましたが、日本では歯のホワイトニングに利用されています。

この新型コロナ禍でマスクが常態化したため、せっかくの「白い歯」を見せる機会が減っていますが、この感染症が終息した暁には、マスクをはずして素敵な笑顔を披露する日が来ることでしょう。

私たちの生活に欠かせない過酸化水素

過酸化水素について簡単に復習しておきましょう。

漢字で書くとやや仰々しいのですが、化学式は水（H2O）の化学式に「O（酸素）」を加えた実にシンプルな化学物質です。そう、ときには活性酸素と呼ばれ、酸化剤や還元剤になり、腐食性を持ちつつも、酸素をつくり出す物質です。

例えば、冒頭で紹介した歯のホワイトニングは過酸化水素の漂白作用を用いて行います。過酸化水素は水素と酸素からできているために、分解されると無害な酸素と水になるのが最大の特徴であり、そのため環境にやさしい物質といわれています。

その他、工業では製紙（パルプ漂白）や排水処理、半導体の洗浄などに使われています。過酸化水素は粉末にすると安定するため、衣類の酸素系漂白剤としてはおなじみです。

分解されると安全であることから、うどんやかまぼこの製造過程での漂白目的の食品添加物として認められているのも驚きで、過去には残留過酸化水素が問題となったこともあるようです。このように過酸化水素は私たちの生活に欠かせない物質なのです。

過酸化水素は医療用の消毒薬としてオキシドール（日本薬局方　医薬品名）と呼ばれて使われています。細菌やウイルスを数十分以内に、芽胞でも数時間で殺すことができます。また、呼吸により酸素を取り入れエネルギーを生産している私たちの体内では、その副産物である活性酸素としての過酸化水素が発生しますが、カタラーゼという酵素が分解し、最終的には無害化できます。一方で眼科でのコンタクトレンズや歯科での器具の消毒の際には、十分なすすぎや中和剤の処理が必要になります。

通性嫌気性菌と偏性嫌気性菌の検査の仕組み

医療関係者の方には釈迦に説法ですが、細菌は増殖に酸素を必要とするかどうかで次の３つに分類されます。

日和見感染症の原因菌である緑膿菌などの好気性菌は、酸素のあるところ

でしか生きられません。逆に、はちみつに潜んでいるボツリヌス菌などの偏性嫌気性菌は、酸素がある環境では死滅してしまいます。そのほかの細菌はブドウ球菌などの通性嫌気性菌で酸素があってもなくても生きることができます。

感染症の原因菌を突き止めるにはまず、その細菌が増殖していた酸素などの環境に合わせて適切な培地上で培養・増殖させ、コロニーの形・色・光沢を観察し原因菌を推定していきます。グラム染色など様々な簡易検査がありますが、カタラーゼ試験は便利です。一般に多くの好気性菌と通性嫌気性菌はカタラーゼを持っているので過酸化水素を分解できますが、偏性嫌気性菌は持っていません*1。

そこで、純培養した細菌に過酸化水素水をたらすと、すぐに酸素の気泡が出てきます。気泡が出れば通性嫌気性菌か好気性菌、気泡が出てこなければ偏性嫌気性細菌と判定できます。このように細菌は簡単な性状試験で菌種を同定できることが多いのです。今回は思わず、かたい話に終始してしまいました。

次回は、過酸化水素の新たな可能性についてお話したいと思います。

*1：例外もあり、通性嫌気性菌のストレプトコッカス属菌はカタラーゼを持っていない


2021年12月（令和3年）

水谷哲也
東京農工大学農学部附属　感染症未来疫学研究センター　
センター長・教授　獣医師・博士（獣医学）